俳句って、難しそう。
そう思って、ずっと遠ざけていました。
五・七・五のリズムに、季語を入れなければならない。切れ字も使う。情景を17文字に凝縮する ―。
「そんな高尚なもの、私には無理」と。
でも、ある春の朝に道端で桜を見上げたとき、
散るときも こんなに美しい 桜かな
ふとそんな言葉が心に浮かんで。
「あ、これが俳句なのかもしれない」
と思った瞬間、俳句がぐっと身近になりました。
- この記事について
- 俳句とは、感じたことを17文字にするだけ
- 花を題材にする理由
- 俳句の基本を、やさしく解説
- 花俳句の作り方 ― 3つのステップ
- 40代の「私時間」に、俳句が合う理由
- 12ヶ月の花と季語 早見表
- 1月|水仙 ― 寒さの中に、まっすぐ立つ
- 2月|梅 ― 春を、いちばんに告げる
- 3月|たんぽぽ・菜の花 ― 足もとの春
- 4月|桜 ― 今年の桜は、今年だけ
- 5月|藤 ― 揺れながら、咲いている
- 6月|紫陽花 ― 雨の日を、好きになる
- 7月|朝顔 ― 朝だけの、約束
- 8月|ひまわり ― 迷わず、太陽を向く
- 9月|コスモス ― 揺れることを、恐れない
- 10月|金木犀 ― 香りが、先に届く
- 11月|山茶花 ― 冬の入口に、咲き続ける
- 12月|椿 ― 凛として、冬に咲く
- まとめ ― 一年、花と俳句と過ごして
この記事について
この記事は、花をひとつ見つけて、感じたことを17文字にする ― それだけの、やさしい俳句の手引きです。
前半は俳句の基本と作り方。 後半は12ヶ月の花と、その季語、例句を並べました。
「うまく作ろう」ではなく、「今日の自分の気持ちを花に乗せる」。
そんな感覚で読んでいただけたらうれしいです。
今月の花から読んでいただいても、最初から順に辿っていただいても大丈夫。
一年を通して、そばに置いていただける一冊になればと思っています。
第1部 俳句の基本 ― 17文字は、難しくない
俳句とは、感じたことを17文字にするだけ
俳句は世界最短の詩といわれています。
五・七・五、わずか17文字。
でも、その17文字の中には、季節の空気、光、香り、そのときの自分の気持ちが、すべて詰まっています。
難しく考える必要はありません。
「うまく作ろう」ではなく、「今日感じたことを17文字に乗せる」。
それだけでいい。
松尾芭蕉も、与謝蕪村も、小林一茶も ― きっと最初は、ただ「感じたこと」を言葉にしていただけだと思うのです。
花を題材にする理由
俳句の題材は無数にありますが、この記事ではあえて「花」に絞ります。
その理由は3つ。
① 季節を感じやすいから
桜・紫陽花・コスモス・椿 ― 花は季節の変化を、最も素直に教えてくれる存在です。花を見るだけで、今の季節がどこにいるかがわかる。
② 身近にあるから
特別な場所に行かなくても、散歩の途中、庭の片隅、駅へ向かう道の脇に、必ず花は咲いています。俳句の素材は、いつも日常の中にある。
③ 心が落ち着くから
花を見る時間は、日常の忙しさからふっと離れる瞬間。その静かな時間に17文字を乗せることで、感じた美しさをそっと手元に残せます。
俳句の基本を、やさしく解説
難しい話は最小限に。でも知っておくと作りやすくなる、3つのポイントをご紹介します。
① 五・七・五のリズム
俳句は上五(かみご)・中七(なかしち)・下五(しもご)の3つのパーツで構成されます。
さくらさく(5) 空がにじんで(7) 見えなくて(5)
声に出して読んだとき、自然なリズムになっていればOKです。厳密に数えすぎなくて大丈夫。
② 季語(きご)
俳句には季節を表す「季語」を一つ入れるのが基本です。
春:桜・春雨・菜の花・うぐいす
夏:紫陽花・朝顔・蝉・夕立
秋:コスモス・金木犀・月・紅葉
冬:椿・水仙・雪・冬の朝
花の名前がそのまま季語になるものが多いので、花俳句は季語を自然に入れやすいのが利点です。
ひとつ覚えておきたいのは、季語はひとつで十分ということ。
「桜」と「春風」を両方入れると「季重なり」といって、焦点がぼやけてしまいます。桜を詠むときは、桜ひとつに絞る。それだけで句がすっきりします。
③ 切れ字(きれじ)
「や」「かな」「けり」という言葉を句の中に入れると、そこで一瞬「間」が生まれて、俳句らしい余韻が出ます。
菜の花や 黄色があふれ 道の果て
散る桜 雨のにおいが するかな
慣れてきたら少しずつ使ってみてください。使わなくても、十分素敵な俳句になります。
花俳句の作り方 ― 3つのステップ
ステップ1:花を見つける
散歩中でも、窓の外でも、買い物の途中でも。
「あ、きれいだな」と思った花をひとつ見つけましょう。スマートフォンで写真を撮っておくのもおすすめです。
ステップ2:感じたことをメモする
難しく考えなくていいです。その花を見て感じたことを、思いつくままにメモします。
「光を浴びてキラキラしていた」
「風に揺れていた」
「なんだかせつなくなった」
「元気をもらった気がした」
どんな言葉でもOKです。
ステップ3:17文字に並べる
メモした言葉を、五・七・五のリズムに当てはめていきます。
最初はぴったり入らなくても大丈夫。声に出しながら、少しずつ言葉を入れ替えてみてください。
40代の「私時間」に、俳句が合う理由
40代になって、「静かな時間」の大切さを以前よりずっと感じるようになりました。
忙しい毎日の中に、ほんの少し「立ち止まる時間」を持てるかどうかで、心の余裕がまったく変わってくる。
俳句は、その「立ち止まる時間」にぴったり合う習慣です。
特別な道具もいらない。どこかへ行かなくてもいい。ノートと鉛筆、あるいはスマートフォンのメモアプリだけ。
それだけで、季節の花を17文字に閉じ込める小さな「私時間」が生まれます。
うまく作れなくてもいい。誰かに見せなくていい。
ただ「今日感じたこと」を言葉にして残す。
それだけで、心がすっと整っていく感覚があります。
第2部 12ヶ月の花俳句
ここからは、一年をめぐる12の花をご紹介します。
その月の花から読んでいただいても、順に辿っていただいても構いません。
今日のあなたのそばに咲いている花を、探してみてください。
12ヶ月の花と季語 早見表
| 月 | 花 | 季節 | 関連する季語 |
|---|---|---|---|
| 1月 | 水仙 | 冬 | 水仙・寒水仙・冬の朝 |
| 2月 | 梅 | 春(初春) | 梅・白梅・紅梅・梅一輪 |
| 3月 | たんぽぽ・菜の花 | 春 | たんぽぽ・菜の花・すみれ |
| 4月 | 桜 | 春 | 桜・花吹雪・花筏・葉桜 |
| 5月 | 藤 | 初夏 | 藤・藤棚・藤の花 |
| 6月 | 紫陽花 | 夏(梅雨) | 紫陽花・七変化・梅雨 |
| 7月 | 朝顔 | 夏 | 朝顔・朝顔市 |
| 8月 | ひまわり | 夏 | 向日葵・日輪草 |
| 9月 | コスモス | 秋 | 秋桜・コスモス |
| 10月 | 金木犀 | 秋 | 金木犀・木犀 |
| 11月 | 山茶花 | 冬(初冬) | 山茶花・茶梅 |
| 12月 | 椿 | 冬 | 寒椿・冬椿・玉椿 |
1月|水仙 ― 寒さの中に、まっすぐ立つ
一年の始まりに咲く花
一月の凍える朝。まだ何も咲いていないと思っていた庭に、水仙が咲いていました。
細くまっすぐな茎の先に、白い花。派手さはないけれど、寒さの中で凛と立っている姿に、思わず足を止めます。
先人の句を、味わう
其のままに 月もたのまじ 伊吹山
― 松尾芭蕉
水仙の句ではありませんが、芭蕉の「そのままでいい」という感覚は、水仙の佇まいに重なります。
水仙は、飾らない。ただそこに、まっすぐ咲いている。
「水仙」という季語
水仙(すいせん) ― 冬の季語。12月から2月にかけて咲きます。
寒水仙(かんずいせん) ― 特に寒中に咲く水仙。
日本水仙 ― 白い花びらに黄色い副冠を持つ、日本でよく見られる品種。
水仙は冬の季語ですが、新年の花としても親しまれてきました。
40代の私が感じる、水仙の景色
水仙を見ていると、「これでいい」という気持ちになります。
華やかでなくていい。目立たなくていい。寒さの中でも、まっすぐ立っていられれば、それで十分。
40代になって、そんなふうに思えるようになりました。
若い頃は、もっと咲き誇りたかった。もっと見てほしかった。
でも今は、誰も見ていない朝の庭で、静かに咲いている水仙のほうが、美しく感じられます。
一句、作ってみる
水仙や 誰も見てない 朝の庭
早朝、まだ誰も起きていない時間。ひっそりと咲いている水仙を見つけた瞬間を。
寒風に 背筋を伸ばす 水仙よ
冷たい風の中でも、まっすぐ立っている姿に、背中を押される感じを。
水仙の 白さに冬の 深さ知る
白い花びらの潔さから、冬の深まりを感じた一句。
一月の私時間 ― 「凛」を思い出す朝
一月は、新しい年が始まったばかりの月。
抱負を立てても、日常はすぐに戻ってきます。
そんなとき、朝の空気の中で水仙を見る時間を持ってみてください。
背筋がすっと伸びるような感覚が、静かに一年の始まりを整えてくれます。
2月|梅 ― 春を、いちばんに告げる
まだ寒いのに、咲いている
二月。まだコートが手放せない頃に、梅は咲きます。
散歩道でふと甘い香りがして、見上げると、枝先に小さな花。
「もう咲いているんだ」
その驚きが、毎年うれしいのです。
先人の句を、味わう
梅一輪 一輪ほどの 暖かさ
― 服部嵐雪
この句が、私はいちばん好きです。
梅が一輪咲くたびに、少しずつ春が近づいてくる ― そんな季節のグラデーションを、たった17文字で表現している。
一気に春が来るのではなく、一輪ずつ、暖かくなっていく。
40代の変化も、こういうものかもしれないと思います。
「梅」という季語
梅(うめ) ― 春の季語。1月下旬から3月にかけて咲きます。
白梅(はくばい)・紅梅(こうばい) ― 花の色による使い分け。
梅一輪 ― 最初の一輪。春の兆しを表します。
梅の香 ― 姿より香りに焦点を当てた季語。
梅は「春の季語」です。まだ寒い時期に咲きますが、春の到来を告げる花として扱われます。
40代の私が感じる、梅の景色
梅は、桜ほど注目されません。
でも私は、梅のほうが好きかもしれないと、最近思うようになりました。
桜は一斉に咲いて、一斉に散る。華やかで、でもどこか急いでいる。
梅は、少しずつ咲いて、長く咲いている。急がない。競わない。
「まだ寒いけれど、咲いてみる」
その控えめな勇気が、40代の私にはとてもしっくりきます。
一句、作ってみる
白梅や まだ寒いのに 咲いてみる
寒さの中で咲き始めた梅の、静かな勇気を。
梅の香に 立ち止まったら 春だった
香りに気づいて足を止めたら、そこに春があった、という瞬間。
紅梅の 枝の先から 春が来る
枝先の一輪から、春が少しずつ広がっていく感覚を。
二月の私時間 ― 香りに気づく散歩
梅は、姿より先に香りで気づくことが多い花です。
いつもの散歩道を、少しだけゆっくり歩いてみてください。
ふと甘い香りがしたら、立ち止まる。
その瞬間が、あなたの二月の一句になります。
3月|たんぽぽ・菜の花 ― 足もとの春
見上げるだけが、春じゃない
三月になると、足もとが賑やかになります。
アスファルトの隙間から顔を出すたんぽぽ。土手いっぱいに広がる菜の花。道端のすみれ ―。
上を見上げる桜より先に、春は足もとから来ている。
そのことに気づいたのは、40代になってからでした。
先人の句を、味わう
菜の花や 月は東に 日は西に
― 与謝蕪村
一面の菜の花畑と、東の月、西の夕日。
たった17文字で、壮大な景色が浮かびます。
蕪村は絵師でもあったので、視覚的な句が多いのが特徴です。
たんぽぽや 日はいつまでも 大空に
― 中村汀女
たんぽぽの黄色と、いつまでも明るい春の空。明るさが二重に響く一句です。
「春の野草」という季語
たんぽぽ(蒲公英) ― 春の季語。「たんぽぽの絮(わた)」は晩春。
菜の花 ― 春の季語。「花菜(はなな)」とも。
すみれ(菫) ― 春の季語。小さく可憐な花。
つくし(土筆) ― 春の季語。花ではありませんが、春の代表格。
足もとの花は、季語の宝庫です。
40代の私が感じる、春の野の景色
若い頃は、大きな花に目が行っていました。
桜、チューリップ、色鮮やかで、見栄えのする花。
でも今は、アスファルトの隙間に咲いているたんぽぽに、心が動きます。
誰も水をやっていないのに、咲いている。
踏まれても、また咲く。
そのしぶとさが、なんだか愛おしいのです。
40代は、華やかさより、続く強さを美しいと思うようになる年代なのかもしれません。
一句、作ってみる
たんぽぽや 踏まれた場所に また黄色
道端で見つけた、力強い一輪を。
菜の花の 黄色が果てまで 続く道
土手いっぱいに広がる菜の花の、まっすぐな明るさを。
しゃがみこむ 春は足もと すみれ咲く
視線を下げたときに見つけた、小さな春を。
三月の私時間 ― しゃがんでみる散歩
三月におすすめしたいのは、「しゃがんでみる」こと。
いつもの道で、一度だけしゃがんで、足もとを見てみてください。
立って見る景色と、しゃがんで見る景色は、まるで違います。
小さな花たちが、そこで一生懸命に咲いている。
その発見が、そのまま一句になります。
4月|桜 ― 今年の桜は、今年だけ
桜が咲くたびに思うこと
桜が咲くたびに、「今年も来てくれた」と思う自分がいます。
散り際の美しさに、なぜか胸が締め付けられる。風に舞う花びらを見上げながら、言葉にできない何かを感じる ―。
40代になってから、その感覚がより深くなった気がします。
先人の句を、味わう
ねがはくは 花のしたにて 春死なむ
― 西行法師
平安末期の歌人・西行が詠んだ和歌ですが、桜と命をめぐる日本人の感性をよく表した一句として、今も語り継がれています。
桜の下で静かに生を終えたいという、深くて美しい願い。
さまざまの こと思ひ出す 桜かな
― 松尾芭蕉
桜を見ていると、さまざまな記憶がよみがえってくる ―。
説明を一切省いて、ただ「桜かな」と締めくくる芭蕉の筆。この余韻が俳句の醍醐味です。
40代の私たちにも、すうっと染みてくる一句ではないでしょうか。
「桜」という季語
桜(さくら) ― 春の季語。3〜4月ごろ。「花」と書くだけで桜を指すことも。
花吹雪(はなふぶき) ― 花びらが風に舞う様子。
花筏(はないかだ) ― 水面に浮かぶ花びらの帯。
葉桜(はざくら) ― 花が散り、緑の葉が出始めた桜。晩春。
同じ桜でも、咲いている桜、散る桜、葉になった桜、それぞれに季語があるのが面白いところです。
「今日の桜はどの状態だろう」と観察する目が、自然と育っていきます。
40代の私が感じる、桜の景色
20代の頃の花見は、にぎやかさが全てでした。
大勢で集まって、お弁当を広げて、桜はどこか背景のような存在だった気がします。
でも40代になった今、桜の見え方が変わりました。
散り始めた桜を見ていると、美しさと同時に「あっという間だな」という感覚が重なる。
毎年同じように咲くのに、毎年少しだけ違う気持ちで見上げている。
そして気づくのです。桜は、その年の自分の気持ちを映す鏡のようだ、と。
慌ただしい日々を送っていた年の桜は、気づいたら散っていた。穏やかな気持ちで春を迎えられた年の桜は、いつまでも目に焼き付いている。
桜は変わらない。変わっているのは、私のほうなのかもしれません。
一句、作ってみる
花びらが 肩に一枚 春の風
散歩中にふと肩に落ちてきた一枚から。日常のひとこまを、そのまま17文字に。
ひとりゆく 桜の道が ちょうどいい
ひとり花見の静けさを詠んだ句。「ちょうどいい」という口語が、40代らしい感覚を運んでくれます。
散るときも こんなに美しい 桜かな
散り際の桜に感じた、切なさと美しさを。
四月の私時間 ―「ひとり花見」という贅沢
今年ぜひ試してほしいのが、「ひとり花見」です。
誰かと行く花見も楽しいけれど、ひとりで桜の下に立つ時間は、また別の豊かさがあります。
お気に入りの飲み物を持って、ゆっくり歩ける時間に、桜並木や公園へ。
スマートフォンはカバンにしまって、ただ桜を見上げる時間を10分だけ。
そのとき心に浮かんだ言葉を、メモしておく。帰り道に、その言葉を17文字に並べてみる。
それだけで、「今年の桜」がひとつの句として手元に残ります。
俳句は、記憶を閉じ込めるタイムカプセル。
桜は毎年咲きます。でも「今年の桜」は、今年しかありません。
5月|藤 ― 揺れながら、咲いている
見上げる花の、重さ
五月の藤棚。紫色の花房が、幾重にも垂れ下がっています。
風が吹くたびに、ゆらり、ゆらりと揺れる。
その「重さ」と「揺れ」が、藤という花の魅力だと思います。
先人の句を、味わう
草臥れて 宿かる比や 藤の花
― 松尾芭蕉
旅に疲れて宿を探す夕暮れ、そこに藤の花が咲いていた ―。
疲れた体に、そっと寄り添う花。
芭蕉の句には、しみじみとした実感があります。
「藤」という季語
藤(ふじ) ― 初夏の季語。4月下旬から5月にかけて。
藤棚(ふじだな) ― 藤を這わせた棚。
藤波(ふじなみ) ― 風に揺れる藤を波にたとえた古い表現。
藤は「晩春」から「初夏」にかけての季語とされます。
40代の私が感じる、藤の景色
藤を見ていると、「揺れていていいんだ」と思えます。
まっすぐ立っている花ではない。垂れ下がって、風に任せて揺れている。
でも、根はしっかりと張っている。
40代の私たちも、そうありたいと思うのです。
揺れることは、弱さではない。
しっかりした根があるからこそ、安心して揺れていられる。
一句、作ってみる
藤棚や 揺れてもいいと 風が言う
風に揺れる藤房を見上げながら、そんな声が聞こえた気がして。
藤の花 重さを風に あずけたり
自分ひとりで支えなくてもいい、という感覚を。
紫の 雨のごとくに 藤垂るる
垂れ下がる藤房を、紫の雨にたとえて。
五月の私時間 ― 藤棚の下で、見上げる
五月は、藤棚を訪ねる小さな旅におすすめの季節です。
公園や神社に、藤棚があることが多いもの。
藤棚の下に立って、ゆっくり見上げてみてください。
花の重さ。風の音。紫の影。
その場に10分だけ立ち止まる時間が、五月のあなたの一句を連れてきてくれます。
6月|紫陽花 ― 雨の日を、好きになる
雨が似合う、唯一の花
六月。雨の日が続くと、少し憂鬱になります。
でも紫陽花だけは、雨のほうが美しい。
濡れた花びら。水滴を乗せた葉。しっとりとした空気の中の、青や紫 ―。
紫陽花のおかげで、雨の日を少し好きになれた気がします。
先人の句を、味わう
紫陽花や 藪を小庭の 別座敷
― 松尾芭蕉
紫陽花に 水やる母の うしろかげ
― 高浜虚子
紫陽花の句には、静かな日常の風景を詠んだものが多いように思います。
派手さのない花だからこそ、暮らしのそばにあるのかもしれません。
「紫陽花」という季語
紫陽花(あじさい) ― 夏の季語。6月から7月にかけて。
七変化(しちへんげ) ― 色が変わることから、紫陽花の別名。
額の花(がくのはな) ― ガクアジサイのこと。
紫陽花は「夏の季語」です。梅雨の時期に咲きますが、夏の花として扱われます。
40代の私が感じる、紫陽花の景色
紫陽花は、咲きながら色が変わる花です。
土の性質によって、青にも、ピンクにも、紫にもなる。同じ株なのに、年によって色が違うこともあります。
「変わっていいんだ」
紫陽花を見ていると、そう思えます。
40代になって、自分が変わっていくことに少し戸惑うことがあります。
好きだったものが変わる。考え方が変わる。体が変わる ―。
でも紫陽花は、変わりながら、ちゃんと美しい。
一句、作ってみる
紫陽花や 雨の日だけの 青がある
晴れた日には見られない、雨の日の紫陽花の色を。
七変化 変わることさえ 美しく
色を変えながら咲く紫陽花に、自分を重ねて。
傘の下 紫陽花だけが 濡れている
傘をさして歩く道で、雨に濡れる紫陽花を見た瞬間。
六月の私時間 ― 雨の日の、紫陽花散歩
六月におすすめしたいのは、「あえて雨の日に出かける」こと。
小雨の日、傘をさして、紫陽花の咲く道を歩く。
足もとに気をつけながら、ゆっくりと。
雨の音。濡れた葉の匂い。しっとりとした色。
晴れの日には気づかない豊かさが、そこにあります。
7月|朝顔 ― 朝だけの、約束
早起きした人だけが見られる花
朝顔は、朝しか咲きません。
昼にはしぼんでしまう。
「早起きした人だけが見られる花」というのが、朝顔の特別さだと思います。
先人の句を、味わう
朝顔に つるべ取られて もらひ水
― 加賀千代女
朝、井戸に水を汲みに行ったら、つるべに朝顔が絡んでいた。
花を傷つけたくなくて、隣の家に水をもらいに行った ―。
やさしさが、そのまま句になっている。
私がいちばん好きな俳句のひとつです。
「朝顔」という季語
朝顔(あさがお) ― 秋の季語。※現代の感覚では夏ですが、俳句では秋の季語です。
朝顔市 ― 7月に開かれる市。夏の風物詩。
ここは少しややこしいところ。 朝顔は旧暦の秋(現在の8〜9月)に咲くとされ、伝統的には秋の季語とされています。
ただ、現代の感覚で「夏」として詠んでも問題ありません。 季語は生きた言葉なので、実感を大切に。
40代の私が感じる、朝顔の景色
朝顔を見ていると、「今だけ」という言葉が浮かびます。
咲くのは、朝の数時間だけ。
でもその短さを、朝顔は嘆いていない。ただ、今咲いている。
40代になると、時間の有限さを感じることが増えます。
でも朝顔は教えてくれます。短いから価値がない、のではない。
短いからこそ、今が美しい。
一句、作ってみる
朝顔や 今日だけの青 咲いている
その日限りの花の色を。
早起きの ごほうびに咲く 朝顔よ
早起きした朝の、小さな喜びを。
しぼむこと 知ってなお咲く 朝顔かな
終わりを知りながら咲く姿に、静かな強さを感じて。
七月の私時間 ― 朝の10分を、花に
七月は、朝の時間が気持ちいい季節です。
いつもより10分だけ早く起きて、外に出てみてください。
朝顔でなくてもかまいません。朝の光の中の花を、ただ見る。
その10分が、一日の始まりを変えてくれます。
8月|ひまわり ― 迷わず、太陽を向く
夏の、まっすぐな花
八月。強い日差しの中で、ひまわりが咲いています。
大きくて、黄色くて、まっすぐで。
迷いがないという言葉が、いちばん似合う花かもしれません。
先人の句を、味わう
向日葵の 一途に恋を するごとし
― 中村汀女
「一途に恋をするごとし」 ― この比喩が、とても美しい。
太陽だけを見つめるひまわりを、恋する人の姿に重ねています。
「向日葵」という季語
向日葵(ひまわり) ― 夏の季語。7月から8月にかけて。
日輪草(にちりんそう) ― ひまわりの別名。
日回り(ひまわり) ― 太陽を追って向きを変えることから。
ひまわりは「夏の季語」の代表格です。
40代の私が感じる、ひまわりの景色
正直に言うと、ひまわりは少し苦手でした。
明るすぎる。元気すぎる。「がんばれ」と言われている気がして。
でも最近、少し見方が変わりました。
ひまわりは、がんばっているのではない。
ただ、太陽を向いているだけ。
自分の向きたい方向を、まっすぐに向いている。
それだけなのだと思ったら、急に親しみが湧きました。
一句、作ってみる
向日葵や 迷わぬことの まぶしさよ
まっすぐな姿への、少しの憧れを込めて。
ひまわりの 背丈を越えて 夏が来る
見上げるほど高いひまわりと、夏の到来を。
日を追って 首をめぐらす 夏の花
太陽を追う姿を、そのまま17文字に。
八月の私時間 ― 見上げる時間をつくる
八月は暑くて、外に出るのが億劫になる季節。
でも、夕方の少し涼しくなった時間なら、歩けます。
夕暮れのひまわりは、昼間とは違う表情をしています。
強い日差しではなく、やわらかい光の中の黄色。
その静けさが、八月の一句になります。
9月|コスモス ― 揺れることを、恐れない
秋風に、任せて
九月。コスモスが風に揺れています。
細い茎の先に、薄い花びら。
強い風が吹けば、大きく揺れる。 でも、折れない。
その「しなやかさ」が、コスモスの美しさだと思います。
先人の句を、味わう
コスモスの 押し合ひへし合ひ 貧の家
― 小林一茶
一茶らしい、生活感のある一句。
貧しい家の庭に、コスモスがぎゅうぎゅうと咲いている ―。
豊かさとは何かを、静かに問いかけてくる句です。
「秋桜」という季語
秋桜(コスモス) ― 秋の季語。9月から10月にかけて。
コスモス ― カタカナ表記も一般的。
萩(はぎ) ― 秋の七草。同じく揺れる花。
撫子(なでしこ) ― 秋の七草のひとつ。
「秋桜」と書いて「コスモス」と読ませるのが、日本語の美しいところです。
40代の私が感じる、コスモスの景色
コスモスは、群れて咲く花です。
一輪だけでは、少し寂しい。たくさん咲いているからこそ、美しい。
でも、それぞれが違う方向に揺れている。
同じ場所にいながら、同じ方向を向いていない。
40代の人間関係も、そうありたいと思うのです。
近くにいても、同じでなくていい。
それぞれの風で、それぞれに揺れていればいい。
一句、作ってみる
秋桜や みな違う向き 同じ場所
一面のコスモス畑で、それぞれが違う方向を向いている姿を。
風のたび 揺れて戻って コスモスよ
揺れても、また元の位置に戻る強さを。
細き茎 折れずに揺れる 秋の花
しなやかさへの、静かな敬意を込めて。
九月の私時間 ― コスモス畑へ、ひとりで
九月は、気候が良くなる季節。
近くにコスモスが咲いている場所があれば、ひとりで歩いてみてください。
一面に広がる薄紅色の中に立つと、不思議と心がほどけます。
風が吹くたびに、いっせいに揺れる音。
その音を聞く時間が、九月の私時間です。
10月|金木犀 ― 香りが、先に届く
姿より先に、香りで気づく
十月のある日。歩いていたら、ふと甘い香りがしました。
「あ、金木犀」
見上げると、小さなオレンジ色の花。
姿より先に、香りで季節を知らせてくれる花は、金木犀だけかもしれません。
先人の句を、味わう
木犀の 香に佇めば 母恋し
金木犀の香りは、記憶を呼び起こすと言われます。
子どもの頃の秋。通学路。祖母の家の庭 ―。
香りは、時間を超える。
「金木犀」という季語
金木犀(きんもくせい) ― 秋の季語。9月下旬から10月にかけて。
木犀(もくせい) ― 金木犀・銀木犀の総称。
木犀の香 ― 香りに焦点を当てた表現。
「香り」を詠むのが、金木犀の句の醍醐味です。
40代の私が感じる、金木犀の景色
金木犀の花期は、とても短い。
一週間ほどで散ってしまいます。
しかも、雨が降ればすぐに落ちてしまう。
「今年の金木犀は、あっという間だった」
そう思う年が、何度もありました。
だから今は、香りに気づいたら、必ず立ち止まるようにしています。
明日はもう、ないかもしれないから。
一句、作ってみる
金木犀 香りだけ先に 届きけり
姿を見る前に、香りが届く瞬間を。
立ち止まる 理由をくれる 木犀よ
忙しい日でも、足を止めさせてくれる香りへの感謝を。
木犀の 散りて小さき 橙の道
散った花びらが、道をオレンジ色に染める光景を。
十月の私時間 ― 香りに、立ち止まる
十月は、歩くのが気持ちいい季節。
香りに気づいたら、必ず立ち止まる。
そう決めておくだけで、秋の散歩がまったく違うものになります。
深く息を吸って、その香りを味わう。
それだけで、十月の一句が生まれます。
11月|山茶花 ― 冬の入口に、咲き続ける
誰も見ていない季節に
十一月。花の少ない季節です。
紅葉は美しいけれど、花はほとんど咲いていない。
そんな中で、山茶花(さざんか)がひっそりと咲いています。
生垣に、公園の隅に、誰も見ていない場所で。
先人の句を、味わう
山茶花の こぼれつぐなり 夕日中
― 加藤楸邨
「こぼれつぐ」 ― 次々と花びらが散っていく様子。
夕日の中で、静かに散り続ける山茶花。
美しくて、少しさびしい一句です。
「山茶花」という季語
山茶花(さざんか) ― 冬の季語。11月から12月にかけて。
茶梅(さざんか) ― 山茶花の別名。
山茶花と椿の違いを覚えておくと、句が作りやすくなります。
山茶花 ― 花びらが一枚ずつ散る。11〜12月。
椿 ― 花がまるごと落ちる。12〜4月。
40代の私が感じる、山茶花の景色
山茶花は、咲く期間が長い花です。
十一月から、十二月いっぱい。一ヶ月以上も、咲き続ける。
しかも、少しずつ散りながら、また新しい花が咲く。
一気に咲いて、一気に散るのではない。
続けている。
40代の生き方も、そうありたいと思うのです。
派手に咲かなくていい。
長く、静かに、続けていられれば。
一句、作ってみる
山茶花や 誰も見てない 生垣に
人目につかない場所で咲く姿を。
散りながら また咲いている 冬の花
散ることと咲くことが、同時に起きている不思議を。
山茶花の 紅ひとつずつ 冬に落つ
一枚ずつ散る花びらと、深まる冬を。
十一月の私時間 ― 静かな花を、探す
十一月は、花を探すのが少し難しい季節。
だからこそ、「見つける楽しみ」があります。
生垣や公園の隅を、意識して見てみてください。
きっと、どこかで咲いています。
その見つけた喜びが、十一月の一句になります。
12月|椿 ― 凛として、冬に咲く
寒さの中の、鮮やかさ
十二月。空気が澄んで、寒くなる季節。
そんな中で、椿が咲いています。
濃い緑の葉に、鮮やかな赤い花。
寒ければ寒いほど、その色が際立つように感じます。
先人の句を、味わう
赤い椿 白い椿と 落ちにけり
― 河東碧梧桐
説明が、まったくありません。
赤い椿が落ちた。白い椿も落ちた。ただそれだけ。
でも、そこに色彩が鮮やかに浮かぶ。
俳句の凄みを感じる一句です。
落ちざまに 水こぼしけり 花椿
― 松尾芭蕉
椿が落ちる瞬間、花に溜まっていた水がこぼれた ―。
一瞬を切り取るという、俳句の本質が詰まっています。
「椿」という季語
椿(つばき) ― 春の季語。※寒椿・冬椿は冬の季語。
寒椿(かんつばき) ― 冬に咲く椿。
玉椿(たまつばき) ― 椿の美称。
落椿(おちつばき) ― 落ちた椿の花。
椿は基本的に「春の季語」ですが、冬に咲くものは「寒椿」「冬椿」として冬の季語になります。
40代の私が感じる、椿の景色
椿の散り方は、独特です。
花びらが一枚ずつ散るのではなく、花ごと、ぼとりと落ちる。
その潔さが、少し怖くもあり、美しくもある。
でも最近、この散り方が好きになりました。
中途半端に散らない。
咲くときは咲き、終わるときは終わる。
その潔さを、40代の私も持ちたいと思うのです。
一句、作ってみる
寒椿 凛と一輪 寒さ増す
寒さの中で咲く一輪の、まっすぐな美しさを。
落椿 まるごと終わる 潔さ
花ごと落ちる、椿らしい散り方を。
冬椿 赤が一点 白き庭
雪や霜の白の中の、鮮やかな赤を。
十二月の私時間 ― 一年を、一句に
十二月は、一年を振り返る月。
今年の花を、思い出してみてください。
春の桜、六月の紫陽花、秋のコスモス ―。
どの花が、いちばん心に残っていますか。
その花を、もう一度17文字にしてみる。
一年の終わりに、今年いちばんの一句を作る ― そんな時間もおすすめです。
まとめ ― 一年、花と俳句と過ごして
12ヶ月の花をめぐってきました。
水仙、梅、たんぽぽ、桜、藤、紫陽花、朝顔、ひまわり、コスモス、金木犀、山茶花、椿。
どの花が、あなたの心に残りましたか。
俳句を作ると、ものの見方が変わる
俳句を作るようになって、いちばん変わったのは、「見る目」でした。
同じ道を歩いていても、気づくものが増える。
「あ、咲いている」
「今日は少し散っている」
「香りが変わった」
それまで通り過ぎていた景色が、急に豊かになる。
俳句は、季節を感じる目を育ててくれます。
「うまく作る」必要は、やっぱりない
最後に、もう一度お伝えしたいことがあります。
うまく作らなくていい。
誰かに見せなくていい。
季語が合っているか、五七五が正確か ― そんなことも、二の次でいい。
大切なのは、「今日、この花を見て、こう感じた」という事実を、言葉にして残すこと。
それだけです。
自分だけの「花俳句手帖」を
もし続けてみたくなったら、小さなノートを一冊用意してみてください。
日付と、花の名前と、一句。
それだけでいいのです。
一年後に読み返したとき ― そこには、去年のあなたがいます。
「この日、こんなことを感じていたんだ」
俳句は、記憶を閉じ込めるタイムカプセル。
来年もまた、花を見つけに
花は、毎年咲きます。
でも、「今年の花」は、今年しかありません。
そして、その花を見ている「今年の私」も、今年だけ。
だからこそ、17文字に残しておく。
来年もまた、同じ花に会えたとき ―
去年より少しだけ深く、その花を感じられるはずです。
さあ、今日の帰り道。
一輪だけでいいので、花を探してみてください。
「あ、咲いている」
その気づきのひとつひとつが、あなたの花俳句の始まりです。
