花と俳句で整える、私の四季時間 ― 12ヶ月の花で作る、40代からのやさしい俳句【保存版】

②【生き方・考え方】

俳句って、難しそう。

そう思って、ずっと遠ざけていました。

五・七・五のリズムに、季語を入れなければならない。切れ字も使う。情景を17文字に凝縮する ―。

「そんな高尚なもの、私には無理」と。

でも、ある春の朝に道端で桜を見上げたとき、

散るときも こんなに美しい 桜かな

ふとそんな言葉が心に浮かんで。

「あ、これが俳句なのかもしれない」

と思った瞬間、俳句がぐっと身近になりました。

  1. この記事について
  2. 俳句とは、感じたことを17文字にするだけ
  3. 花を題材にする理由
  4. 俳句の基本を、やさしく解説
    1. ① 五・七・五のリズム
    2. ② 季語(きご)
    3. ③ 切れ字(きれじ)
  5. 花俳句の作り方 ― 3つのステップ
    1. ステップ1:花を見つける
    2. ステップ2:感じたことをメモする
    3. ステップ3:17文字に並べる
  6. 40代の「私時間」に、俳句が合う理由
  7. 12ヶ月の花と季語 早見表
  8. 1月|水仙 ― 寒さの中に、まっすぐ立つ
    1. 一年の始まりに咲く花
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「水仙」という季語
    4. 40代の私が感じる、水仙の景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 一月の私時間 ― 「凛」を思い出す朝
  9. 2月|梅 ― 春を、いちばんに告げる
    1. まだ寒いのに、咲いている
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「梅」という季語
    4. 40代の私が感じる、梅の景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 二月の私時間 ― 香りに気づく散歩
  10. 3月|たんぽぽ・菜の花 ― 足もとの春
    1. 見上げるだけが、春じゃない
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「春の野草」という季語
    4. 40代の私が感じる、春の野の景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 三月の私時間 ― しゃがんでみる散歩
  11. 4月|桜 ― 今年の桜は、今年だけ
    1. 桜が咲くたびに思うこと
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「桜」という季語
    4. 40代の私が感じる、桜の景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 四月の私時間 ―「ひとり花見」という贅沢
  12. 5月|藤 ― 揺れながら、咲いている
    1. 見上げる花の、重さ
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「藤」という季語
    4. 40代の私が感じる、藤の景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 五月の私時間 ― 藤棚の下で、見上げる
  13. 6月|紫陽花 ― 雨の日を、好きになる
    1. 雨が似合う、唯一の花
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「紫陽花」という季語
    4. 40代の私が感じる、紫陽花の景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 六月の私時間 ― 雨の日の、紫陽花散歩
  14. 7月|朝顔 ― 朝だけの、約束
    1. 早起きした人だけが見られる花
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「朝顔」という季語
    4. 40代の私が感じる、朝顔の景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 七月の私時間 ― 朝の10分を、花に
  15. 8月|ひまわり ― 迷わず、太陽を向く
    1. 夏の、まっすぐな花
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「向日葵」という季語
    4. 40代の私が感じる、ひまわりの景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 八月の私時間 ― 見上げる時間をつくる
  16. 9月|コスモス ― 揺れることを、恐れない
    1. 秋風に、任せて
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「秋桜」という季語
    4. 40代の私が感じる、コスモスの景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 九月の私時間 ― コスモス畑へ、ひとりで
  17. 10月|金木犀 ― 香りが、先に届く
    1. 姿より先に、香りで気づく
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「金木犀」という季語
    4. 40代の私が感じる、金木犀の景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 十月の私時間 ― 香りに、立ち止まる
  18. 11月|山茶花 ― 冬の入口に、咲き続ける
    1. 誰も見ていない季節に
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「山茶花」という季語
    4. 40代の私が感じる、山茶花の景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 十一月の私時間 ― 静かな花を、探す
  19. 12月|椿 ― 凛として、冬に咲く
    1. 寒さの中の、鮮やかさ
    2. 先人の句を、味わう
    3. 「椿」という季語
    4. 40代の私が感じる、椿の景色
    5. 一句、作ってみる
    6. 十二月の私時間 ― 一年を、一句に
  20. まとめ ― 一年、花と俳句と過ごして
    1. 俳句を作ると、ものの見方が変わる
    2. 「うまく作る」必要は、やっぱりない
    3. 自分だけの「花俳句手帖」を
    4. 来年もまた、花を見つけに

この記事について

この記事は、花をひとつ見つけて、感じたことを17文字にする ― それだけの、やさしい俳句の手引きです。

前半は俳句の基本と作り方。 後半は12ヶ月の花と、その季語、例句を並べました。

「うまく作ろう」ではなく、「今日の自分の気持ちを花に乗せる」。

そんな感覚で読んでいただけたらうれしいです。

今月の花から読んでいただいても、最初から順に辿っていただいても大丈夫。

一年を通して、そばに置いていただける一冊になればと思っています。

第1部 俳句の基本 ― 17文字は、難しくない

俳句とは、感じたことを17文字にするだけ

俳句は世界最短の詩といわれています。

五・七・五、わずか17文字。

でも、その17文字の中には、季節の空気、光、香り、そのときの自分の気持ちが、すべて詰まっています。

難しく考える必要はありません。

「うまく作ろう」ではなく、「今日感じたことを17文字に乗せる」。

それだけでいい。

松尾芭蕉も、与謝蕪村も、小林一茶も ― きっと最初は、ただ「感じたこと」を言葉にしていただけだと思うのです。

花を題材にする理由

俳句の題材は無数にありますが、この記事ではあえて「花」に絞ります。

その理由は3つ。

① 季節を感じやすいから

桜・紫陽花・コスモス・椿 ― 花は季節の変化を、最も素直に教えてくれる存在です。花を見るだけで、今の季節がどこにいるかがわかる。

② 身近にあるから

特別な場所に行かなくても、散歩の途中、庭の片隅、駅へ向かう道の脇に、必ず花は咲いています。俳句の素材は、いつも日常の中にある。

③ 心が落ち着くから

花を見る時間は、日常の忙しさからふっと離れる瞬間。その静かな時間に17文字を乗せることで、感じた美しさをそっと手元に残せます。

俳句の基本を、やさしく解説

難しい話は最小限に。でも知っておくと作りやすくなる、3つのポイントをご紹介します。

① 五・七・五のリズム

俳句は上五(かみご)・中七(なかしち)・下五(しもご)の3つのパーツで構成されます。

さくらさく(5) 空がにじんで(7) 見えなくて(5)

声に出して読んだとき、自然なリズムになっていればOKです。厳密に数えすぎなくて大丈夫。

② 季語(きご)

俳句には季節を表す「季語」を一つ入れるのが基本です。

:桜・春雨・菜の花・うぐいす
:紫陽花・朝顔・蝉・夕立
:コスモス・金木犀・月・紅葉
:椿・水仙・雪・冬の朝

花の名前がそのまま季語になるものが多いので、花俳句は季語を自然に入れやすいのが利点です。

ひとつ覚えておきたいのは、季語はひとつで十分ということ。

「桜」と「春風」を両方入れると「季重なり」といって、焦点がぼやけてしまいます。桜を詠むときは、桜ひとつに絞る。それだけで句がすっきりします。

③ 切れ字(きれじ)

「や」「かな」「けり」という言葉を句の中に入れると、そこで一瞬「間」が生まれて、俳句らしい余韻が出ます。

菜の花や 黄色があふれ 道の果て
散る桜 雨のにおいが するかな

慣れてきたら少しずつ使ってみてください。使わなくても、十分素敵な俳句になります。

花俳句の作り方 ― 3つのステップ

ステップ1:花を見つける

散歩中でも、窓の外でも、買い物の途中でも。

「あ、きれいだな」と思った花をひとつ見つけましょう。スマートフォンで写真を撮っておくのもおすすめです。

ステップ2:感じたことをメモする

難しく考えなくていいです。その花を見て感じたことを、思いつくままにメモします。

「光を浴びてキラキラしていた」
「風に揺れていた」
「なんだかせつなくなった」
「元気をもらった気がした」

どんな言葉でもOKです。

ステップ3:17文字に並べる

メモした言葉を、五・七・五のリズムに当てはめていきます。

最初はぴったり入らなくても大丈夫。声に出しながら、少しずつ言葉を入れ替えてみてください。

40代の「私時間」に、俳句が合う理由

40代になって、「静かな時間」の大切さを以前よりずっと感じるようになりました。

忙しい毎日の中に、ほんの少し「立ち止まる時間」を持てるかどうかで、心の余裕がまったく変わってくる。

俳句は、その「立ち止まる時間」にぴったり合う習慣です。

特別な道具もいらない。どこかへ行かなくてもいい。ノートと鉛筆、あるいはスマートフォンのメモアプリだけ。

それだけで、季節の花を17文字に閉じ込める小さな「私時間」が生まれます。

うまく作れなくてもいい。誰かに見せなくていい。

ただ「今日感じたこと」を言葉にして残す。

それだけで、心がすっと整っていく感覚があります。

第2部 12ヶ月の花俳句

ここからは、一年をめぐる12の花をご紹介します。

その月の花から読んでいただいても、順に辿っていただいても構いません。

今日のあなたのそばに咲いている花を、探してみてください。

12ヶ月の花と季語 早見表

季節関連する季語
1月水仙水仙・寒水仙・冬の朝
2月春(初春)梅・白梅・紅梅・梅一輪
3月たんぽぽ・菜の花たんぽぽ・菜の花・すみれ
4月桜・花吹雪・花筏・葉桜
5月初夏藤・藤棚・藤の花
6月紫陽花夏(梅雨)紫陽花・七変化・梅雨
7月朝顔朝顔・朝顔市
8月ひまわり向日葵・日輪草
9月コスモス秋桜・コスモス
10月金木犀金木犀・木犀
11月山茶花冬(初冬)山茶花・茶梅
12月椿寒椿・冬椿・玉椿

1月|水仙 ― 寒さの中に、まっすぐ立つ

一年の始まりに咲く花

一月の凍える朝。まだ何も咲いていないと思っていた庭に、水仙が咲いていました。

細くまっすぐな茎の先に、白い花。派手さはないけれど、寒さの中で凛と立っている姿に、思わず足を止めます。

先人の句を、味わう

其のままに 月もたのまじ 伊吹山
― 松尾芭蕉

水仙の句ではありませんが、芭蕉の「そのままでいい」という感覚は、水仙の佇まいに重なります。

水仙は、飾らない。ただそこに、まっすぐ咲いている。

「水仙」という季語

水仙(すいせん) ― 冬の季語。12月から2月にかけて咲きます。
寒水仙(かんずいせん) ― 特に寒中に咲く水仙。
日本水仙 ― 白い花びらに黄色い副冠を持つ、日本でよく見られる品種。

水仙は冬の季語ですが、新年の花としても親しまれてきました。

40代の私が感じる、水仙の景色

水仙を見ていると、「これでいい」という気持ちになります。

華やかでなくていい。目立たなくていい。寒さの中でも、まっすぐ立っていられれば、それで十分。

40代になって、そんなふうに思えるようになりました。

若い頃は、もっと咲き誇りたかった。もっと見てほしかった。

でも今は、誰も見ていない朝の庭で、静かに咲いている水仙のほうが、美しく感じられます。

一句、作ってみる

水仙や 誰も見てない 朝の庭

早朝、まだ誰も起きていない時間。ひっそりと咲いている水仙を見つけた瞬間を。

寒風に 背筋を伸ばす 水仙よ

冷たい風の中でも、まっすぐ立っている姿に、背中を押される感じを。

水仙の 白さに冬の 深さ知る

白い花びらの潔さから、冬の深まりを感じた一句。

一月の私時間 ― 「凛」を思い出す朝

一月は、新しい年が始まったばかりの月。

抱負を立てても、日常はすぐに戻ってきます。

そんなとき、朝の空気の中で水仙を見る時間を持ってみてください。

背筋がすっと伸びるような感覚が、静かに一年の始まりを整えてくれます。

2月|梅 ― 春を、いちばんに告げる

まだ寒いのに、咲いている

二月。まだコートが手放せない頃に、梅は咲きます。

散歩道でふと甘い香りがして、見上げると、枝先に小さな花。

「もう咲いているんだ」

その驚きが、毎年うれしいのです。

先人の句を、味わう

梅一輪 一輪ほどの 暖かさ
― 服部嵐雪

この句が、私はいちばん好きです。

梅が一輪咲くたびに、少しずつ春が近づいてくる ― そんな季節のグラデーションを、たった17文字で表現している。

一気に春が来るのではなく、一輪ずつ、暖かくなっていく。

40代の変化も、こういうものかもしれないと思います。

「梅」という季語

梅(うめ) ― 春の季語。1月下旬から3月にかけて咲きます。
白梅(はくばい)・紅梅(こうばい) ― 花の色による使い分け。
梅一輪 ― 最初の一輪。春の兆しを表します。
梅の香 ― 姿より香りに焦点を当てた季語。

梅は「春の季語」です。まだ寒い時期に咲きますが、春の到来を告げる花として扱われます。

40代の私が感じる、梅の景色

梅は、桜ほど注目されません。

でも私は、梅のほうが好きかもしれないと、最近思うようになりました。

桜は一斉に咲いて、一斉に散る。華やかで、でもどこか急いでいる。

梅は、少しずつ咲いて、長く咲いている。急がない。競わない。

「まだ寒いけれど、咲いてみる」

その控えめな勇気が、40代の私にはとてもしっくりきます。

一句、作ってみる

白梅や まだ寒いのに 咲いてみる

寒さの中で咲き始めた梅の、静かな勇気を。

梅の香に 立ち止まったら 春だった

香りに気づいて足を止めたら、そこに春があった、という瞬間。

紅梅の 枝の先から 春が来る

枝先の一輪から、春が少しずつ広がっていく感覚を。

二月の私時間 ― 香りに気づく散歩

梅は、姿より先に香りで気づくことが多い花です。

いつもの散歩道を、少しだけゆっくり歩いてみてください。

ふと甘い香りがしたら、立ち止まる。

その瞬間が、あなたの二月の一句になります。

3月|たんぽぽ・菜の花 ― 足もとの春

見上げるだけが、春じゃない

三月になると、足もとが賑やかになります。

アスファルトの隙間から顔を出すたんぽぽ。土手いっぱいに広がる菜の花。道端のすみれ ―。

上を見上げる桜より先に、春は足もとから来ている。

そのことに気づいたのは、40代になってからでした。

先人の句を、味わう

菜の花や 月は東に 日は西に
― 与謝蕪村

一面の菜の花畑と、東の月、西の夕日。

たった17文字で、壮大な景色が浮かびます。

蕪村は絵師でもあったので、視覚的な句が多いのが特徴です。

たんぽぽや 日はいつまでも 大空に
― 中村汀女

たんぽぽの黄色と、いつまでも明るい春の空。明るさが二重に響く一句です。

「春の野草」という季語

たんぽぽ(蒲公英) ― 春の季語。「たんぽぽの絮(わた)」は晩春。
菜の花 ― 春の季語。「花菜(はなな)」とも。
すみれ(菫) ― 春の季語。小さく可憐な花。
つくし(土筆) ― 春の季語。花ではありませんが、春の代表格。

足もとの花は、季語の宝庫です。

40代の私が感じる、春の野の景色

若い頃は、大きな花に目が行っていました。

桜、チューリップ、色鮮やかで、見栄えのする花。

でも今は、アスファルトの隙間に咲いているたんぽぽに、心が動きます。

誰も水をやっていないのに、咲いている。

踏まれても、また咲く。

そのしぶとさが、なんだか愛おしいのです。

40代は、華やかさより、続く強さを美しいと思うようになる年代なのかもしれません。

一句、作ってみる

たんぽぽや 踏まれた場所に また黄色

道端で見つけた、力強い一輪を。

菜の花の 黄色が果てまで 続く道

土手いっぱいに広がる菜の花の、まっすぐな明るさを。

しゃがみこむ 春は足もと すみれ咲く

視線を下げたときに見つけた、小さな春を。

三月の私時間 ― しゃがんでみる散歩

三月におすすめしたいのは、「しゃがんでみる」こと。

いつもの道で、一度だけしゃがんで、足もとを見てみてください。

立って見る景色と、しゃがんで見る景色は、まるで違います。

小さな花たちが、そこで一生懸命に咲いている。

その発見が、そのまま一句になります。

4月|桜 ― 今年の桜は、今年だけ

桜が咲くたびに思うこと

桜が咲くたびに、「今年も来てくれた」と思う自分がいます。

散り際の美しさに、なぜか胸が締め付けられる。風に舞う花びらを見上げながら、言葉にできない何かを感じる ―。

40代になってから、その感覚がより深くなった気がします。

先人の句を、味わう

ねがはくは 花のしたにて 春死なむ
― 西行法師

平安末期の歌人・西行が詠んだ和歌ですが、桜と命をめぐる日本人の感性をよく表した一句として、今も語り継がれています。

桜の下で静かに生を終えたいという、深くて美しい願い。

さまざまの こと思ひ出す 桜かな
― 松尾芭蕉

桜を見ていると、さまざまな記憶がよみがえってくる ―。

説明を一切省いて、ただ「桜かな」と締めくくる芭蕉の筆。この余韻が俳句の醍醐味です。

40代の私たちにも、すうっと染みてくる一句ではないでしょうか。

「桜」という季語

桜(さくら) ― 春の季語。3〜4月ごろ。「花」と書くだけで桜を指すことも。
花吹雪(はなふぶき) ― 花びらが風に舞う様子。
花筏(はないかだ) ― 水面に浮かぶ花びらの帯。
葉桜(はざくら) ― 花が散り、緑の葉が出始めた桜。晩春。

同じ桜でも、咲いている桜、散る桜、葉になった桜、それぞれに季語があるのが面白いところです。

「今日の桜はどの状態だろう」と観察する目が、自然と育っていきます。

40代の私が感じる、桜の景色

20代の頃の花見は、にぎやかさが全てでした。

大勢で集まって、お弁当を広げて、桜はどこか背景のような存在だった気がします。

でも40代になった今、桜の見え方が変わりました。

散り始めた桜を見ていると、美しさと同時に「あっという間だな」という感覚が重なる。

毎年同じように咲くのに、毎年少しだけ違う気持ちで見上げている。

そして気づくのです。桜は、その年の自分の気持ちを映す鏡のようだ、と。

慌ただしい日々を送っていた年の桜は、気づいたら散っていた。穏やかな気持ちで春を迎えられた年の桜は、いつまでも目に焼き付いている。

桜は変わらない。変わっているのは、私のほうなのかもしれません。

一句、作ってみる

花びらが 肩に一枚 春の風

散歩中にふと肩に落ちてきた一枚から。日常のひとこまを、そのまま17文字に。

ひとりゆく 桜の道が ちょうどいい

ひとり花見の静けさを詠んだ句。「ちょうどいい」という口語が、40代らしい感覚を運んでくれます。

散るときも こんなに美しい 桜かな

散り際の桜に感じた、切なさと美しさを。

四月の私時間 ―「ひとり花見」という贅沢

今年ぜひ試してほしいのが、「ひとり花見」です。

誰かと行く花見も楽しいけれど、ひとりで桜の下に立つ時間は、また別の豊かさがあります。

お気に入りの飲み物を持って、ゆっくり歩ける時間に、桜並木や公園へ。

スマートフォンはカバンにしまって、ただ桜を見上げる時間を10分だけ。

そのとき心に浮かんだ言葉を、メモしておく。帰り道に、その言葉を17文字に並べてみる。

それだけで、「今年の桜」がひとつの句として手元に残ります。

俳句は、記憶を閉じ込めるタイムカプセル。

桜は毎年咲きます。でも「今年の桜」は、今年しかありません。

5月|藤 ― 揺れながら、咲いている

見上げる花の、重さ

五月の藤棚。紫色の花房が、幾重にも垂れ下がっています。

風が吹くたびに、ゆらり、ゆらりと揺れる。

その「重さ」と「揺れ」が、藤という花の魅力だと思います。

先人の句を、味わう

草臥れて 宿かる比や 藤の花
― 松尾芭蕉

旅に疲れて宿を探す夕暮れ、そこに藤の花が咲いていた ―。

疲れた体に、そっと寄り添う花。

芭蕉の句には、しみじみとした実感があります。

「藤」という季語

藤(ふじ) ― 初夏の季語。4月下旬から5月にかけて。
藤棚(ふじだな) ― 藤を這わせた棚。
藤波(ふじなみ) ― 風に揺れる藤を波にたとえた古い表現。

藤は「晩春」から「初夏」にかけての季語とされます。

40代の私が感じる、藤の景色

藤を見ていると、「揺れていていいんだ」と思えます。

まっすぐ立っている花ではない。垂れ下がって、風に任せて揺れている。

でも、根はしっかりと張っている。

40代の私たちも、そうありたいと思うのです。

揺れることは、弱さではない。

しっかりした根があるからこそ、安心して揺れていられる。

一句、作ってみる

藤棚や 揺れてもいいと 風が言う

風に揺れる藤房を見上げながら、そんな声が聞こえた気がして。

藤の花 重さを風に あずけたり

自分ひとりで支えなくてもいい、という感覚を。

紫の 雨のごとくに 藤垂るる

垂れ下がる藤房を、紫の雨にたとえて。

五月の私時間 ― 藤棚の下で、見上げる

五月は、藤棚を訪ねる小さな旅におすすめの季節です。

公園や神社に、藤棚があることが多いもの。

藤棚の下に立って、ゆっくり見上げてみてください。

花の重さ。風の音。紫の影。

その場に10分だけ立ち止まる時間が、五月のあなたの一句を連れてきてくれます。

6月|紫陽花 ― 雨の日を、好きになる

雨が似合う、唯一の花

六月。雨の日が続くと、少し憂鬱になります。

でも紫陽花だけは、雨のほうが美しい。

濡れた花びら。水滴を乗せた葉。しっとりとした空気の中の、青や紫 ―。

紫陽花のおかげで、雨の日を少し好きになれた気がします。

先人の句を、味わう

紫陽花や 藪を小庭の 別座敷
― 松尾芭蕉

紫陽花に 水やる母の うしろかげ
― 高浜虚子

紫陽花の句には、静かな日常の風景を詠んだものが多いように思います。

派手さのない花だからこそ、暮らしのそばにあるのかもしれません。

「紫陽花」という季語

紫陽花(あじさい) ― 夏の季語。6月から7月にかけて。
七変化(しちへんげ) ― 色が変わることから、紫陽花の別名。
額の花(がくのはな) ― ガクアジサイのこと。

紫陽花は「夏の季語」です。梅雨の時期に咲きますが、夏の花として扱われます。

40代の私が感じる、紫陽花の景色

紫陽花は、咲きながら色が変わる花です。

土の性質によって、青にも、ピンクにも、紫にもなる。同じ株なのに、年によって色が違うこともあります。

「変わっていいんだ」

紫陽花を見ていると、そう思えます。

40代になって、自分が変わっていくことに少し戸惑うことがあります。

好きだったものが変わる。考え方が変わる。体が変わる ―。

でも紫陽花は、変わりながら、ちゃんと美しい。

一句、作ってみる

紫陽花や 雨の日だけの 青がある

晴れた日には見られない、雨の日の紫陽花の色を。

七変化 変わることさえ 美しく

色を変えながら咲く紫陽花に、自分を重ねて。

傘の下 紫陽花だけが 濡れている

傘をさして歩く道で、雨に濡れる紫陽花を見た瞬間。

六月の私時間 ― 雨の日の、紫陽花散歩

六月におすすめしたいのは、「あえて雨の日に出かける」こと。

小雨の日、傘をさして、紫陽花の咲く道を歩く。

足もとに気をつけながら、ゆっくりと。

雨の音。濡れた葉の匂い。しっとりとした色。

晴れの日には気づかない豊かさが、そこにあります。

7月|朝顔 ― 朝だけの、約束

早起きした人だけが見られる花

朝顔は、朝しか咲きません。

昼にはしぼんでしまう。

「早起きした人だけが見られる花」というのが、朝顔の特別さだと思います。

先人の句を、味わう

朝顔に つるべ取られて もらひ水
― 加賀千代女

朝、井戸に水を汲みに行ったら、つるべに朝顔が絡んでいた。

花を傷つけたくなくて、隣の家に水をもらいに行った ―。

やさしさが、そのまま句になっている。

私がいちばん好きな俳句のひとつです。

「朝顔」という季語

朝顔(あさがお) ― 秋の季語。※現代の感覚では夏ですが、俳句では秋の季語です。
朝顔市 ― 7月に開かれる市。夏の風物詩。

ここは少しややこしいところ。 朝顔は旧暦の秋(現在の8〜9月)に咲くとされ、伝統的には秋の季語とされています。

ただ、現代の感覚で「夏」として詠んでも問題ありません。 季語は生きた言葉なので、実感を大切に。

40代の私が感じる、朝顔の景色

朝顔を見ていると、「今だけ」という言葉が浮かびます。

咲くのは、朝の数時間だけ。

でもその短さを、朝顔は嘆いていない。ただ、今咲いている。

40代になると、時間の有限さを感じることが増えます。

でも朝顔は教えてくれます。短いから価値がない、のではない。

短いからこそ、今が美しい。

一句、作ってみる

朝顔や 今日だけの青 咲いている

その日限りの花の色を。

早起きの ごほうびに咲く 朝顔よ

早起きした朝の、小さな喜びを。

しぼむこと 知ってなお咲く 朝顔かな

終わりを知りながら咲く姿に、静かな強さを感じて。

七月の私時間 ― 朝の10分を、花に

七月は、朝の時間が気持ちいい季節です。

いつもより10分だけ早く起きて、外に出てみてください。

朝顔でなくてもかまいません。朝の光の中の花を、ただ見る。

その10分が、一日の始まりを変えてくれます。

8月|ひまわり ― 迷わず、太陽を向く

夏の、まっすぐな花

八月。強い日差しの中で、ひまわりが咲いています。

大きくて、黄色くて、まっすぐで。

迷いがないという言葉が、いちばん似合う花かもしれません。

先人の句を、味わう

向日葵の 一途に恋を するごとし
― 中村汀女

「一途に恋をするごとし」 ― この比喩が、とても美しい。

太陽だけを見つめるひまわりを、恋する人の姿に重ねています。

「向日葵」という季語

向日葵(ひまわり) ― 夏の季語。7月から8月にかけて。
日輪草(にちりんそう) ― ひまわりの別名。
日回り(ひまわり) ― 太陽を追って向きを変えることから。

ひまわりは「夏の季語」の代表格です。

40代の私が感じる、ひまわりの景色

正直に言うと、ひまわりは少し苦手でした。

明るすぎる。元気すぎる。「がんばれ」と言われている気がして。

でも最近、少し見方が変わりました。

ひまわりは、がんばっているのではない。

ただ、太陽を向いているだけ。

自分の向きたい方向を、まっすぐに向いている。

それだけなのだと思ったら、急に親しみが湧きました。

一句、作ってみる

向日葵や 迷わぬことの まぶしさよ

まっすぐな姿への、少しの憧れを込めて。

ひまわりの 背丈を越えて 夏が来る

見上げるほど高いひまわりと、夏の到来を。

日を追って 首をめぐらす 夏の花

太陽を追う姿を、そのまま17文字に。

八月の私時間 ― 見上げる時間をつくる

八月は暑くて、外に出るのが億劫になる季節。

でも、夕方の少し涼しくなった時間なら、歩けます。

夕暮れのひまわりは、昼間とは違う表情をしています。

強い日差しではなく、やわらかい光の中の黄色。

その静けさが、八月の一句になります。

9月|コスモス ― 揺れることを、恐れない

秋風に、任せて

九月。コスモスが風に揺れています。

細い茎の先に、薄い花びら。

強い風が吹けば、大きく揺れる。 でも、折れない。

その「しなやかさ」が、コスモスの美しさだと思います。

先人の句を、味わう

コスモスの 押し合ひへし合ひ 貧の家
― 小林一茶

一茶らしい、生活感のある一句。

貧しい家の庭に、コスモスがぎゅうぎゅうと咲いている ―。

豊かさとは何かを、静かに問いかけてくる句です。

「秋桜」という季語

秋桜(コスモス) ― 秋の季語。9月から10月にかけて。
コスモス ― カタカナ表記も一般的。
萩(はぎ) ― 秋の七草。同じく揺れる花。
撫子(なでしこ) ― 秋の七草のひとつ。

「秋桜」と書いて「コスモス」と読ませるのが、日本語の美しいところです。

40代の私が感じる、コスモスの景色

コスモスは、群れて咲く花です。

一輪だけでは、少し寂しい。たくさん咲いているからこそ、美しい。

でも、それぞれが違う方向に揺れている。

同じ場所にいながら、同じ方向を向いていない。

40代の人間関係も、そうありたいと思うのです。

近くにいても、同じでなくていい。

それぞれの風で、それぞれに揺れていればいい。

一句、作ってみる

秋桜や みな違う向き 同じ場所

一面のコスモス畑で、それぞれが違う方向を向いている姿を。

風のたび 揺れて戻って コスモスよ

揺れても、また元の位置に戻る強さを。

細き茎 折れずに揺れる 秋の花

しなやかさへの、静かな敬意を込めて。

九月の私時間 ― コスモス畑へ、ひとりで

九月は、気候が良くなる季節。

近くにコスモスが咲いている場所があれば、ひとりで歩いてみてください。

一面に広がる薄紅色の中に立つと、不思議と心がほどけます。

風が吹くたびに、いっせいに揺れる音。

その音を聞く時間が、九月の私時間です。

10月|金木犀 ― 香りが、先に届く

姿より先に、香りで気づく

十月のある日。歩いていたら、ふと甘い香りがしました。

「あ、金木犀」

見上げると、小さなオレンジ色の花。

姿より先に、香りで季節を知らせてくれる花は、金木犀だけかもしれません。

先人の句を、味わう

木犀の 香に佇めば 母恋し

金木犀の香りは、記憶を呼び起こすと言われます。

子どもの頃の秋。通学路。祖母の家の庭 ―。

香りは、時間を超える。

「金木犀」という季語

金木犀(きんもくせい) ― 秋の季語。9月下旬から10月にかけて。
木犀(もくせい) ― 金木犀・銀木犀の総称。
木犀の香 ― 香りに焦点を当てた表現。

「香り」を詠むのが、金木犀の句の醍醐味です。

40代の私が感じる、金木犀の景色

金木犀の花期は、とても短い。

一週間ほどで散ってしまいます。

しかも、雨が降ればすぐに落ちてしまう。

「今年の金木犀は、あっという間だった」

そう思う年が、何度もありました。

だから今は、香りに気づいたら、必ず立ち止まるようにしています。

明日はもう、ないかもしれないから。

一句、作ってみる

金木犀 香りだけ先に 届きけり

姿を見る前に、香りが届く瞬間を。

立ち止まる 理由をくれる 木犀よ

忙しい日でも、足を止めさせてくれる香りへの感謝を。

木犀の 散りて小さき 橙の道

散った花びらが、道をオレンジ色に染める光景を。

十月の私時間 ― 香りに、立ち止まる

十月は、歩くのが気持ちいい季節。

香りに気づいたら、必ず立ち止まる。

そう決めておくだけで、秋の散歩がまったく違うものになります。

深く息を吸って、その香りを味わう。

それだけで、十月の一句が生まれます。

11月|山茶花 ― 冬の入口に、咲き続ける

誰も見ていない季節に

十一月。花の少ない季節です。

紅葉は美しいけれど、花はほとんど咲いていない。

そんな中で、山茶花(さざんか)がひっそりと咲いています。

生垣に、公園の隅に、誰も見ていない場所で。

先人の句を、味わう

山茶花の こぼれつぐなり 夕日中
― 加藤楸邨

「こぼれつぐ」 ― 次々と花びらが散っていく様子。

夕日の中で、静かに散り続ける山茶花。

美しくて、少しさびしい一句です。

「山茶花」という季語

山茶花(さざんか) ― 冬の季語。11月から12月にかけて。
茶梅(さざんか) ― 山茶花の別名。

山茶花と椿の違いを覚えておくと、句が作りやすくなります。

山茶花 ― 花びらが一枚ずつ散る。11〜12月。
椿 ― 花がまるごと落ちる。12〜4月。

40代の私が感じる、山茶花の景色

山茶花は、咲く期間が長い花です。

十一月から、十二月いっぱい。一ヶ月以上も、咲き続ける。

しかも、少しずつ散りながら、また新しい花が咲く。

一気に咲いて、一気に散るのではない。

続けている。

40代の生き方も、そうありたいと思うのです。

派手に咲かなくていい。

長く、静かに、続けていられれば。

一句、作ってみる

山茶花や 誰も見てない 生垣に

人目につかない場所で咲く姿を。

散りながら また咲いている 冬の花

散ることと咲くことが、同時に起きている不思議を。

山茶花の 紅ひとつずつ 冬に落つ

一枚ずつ散る花びらと、深まる冬を。

十一月の私時間 ― 静かな花を、探す

十一月は、花を探すのが少し難しい季節。

だからこそ、「見つける楽しみ」があります。

生垣や公園の隅を、意識して見てみてください。

きっと、どこかで咲いています。

その見つけた喜びが、十一月の一句になります。

12月|椿 ― 凛として、冬に咲く

寒さの中の、鮮やかさ

十二月。空気が澄んで、寒くなる季節。

そんな中で、椿が咲いています。

濃い緑の葉に、鮮やかな赤い花。

寒ければ寒いほど、その色が際立つように感じます。

先人の句を、味わう

赤い椿 白い椿と 落ちにけり
― 河東碧梧桐

説明が、まったくありません。

赤い椿が落ちた。白い椿も落ちた。ただそれだけ。

でも、そこに色彩が鮮やかに浮かぶ。

俳句の凄みを感じる一句です。

落ちざまに 水こぼしけり 花椿
― 松尾芭蕉

椿が落ちる瞬間、花に溜まっていた水がこぼれた ―。

一瞬を切り取るという、俳句の本質が詰まっています。

「椿」という季語

椿(つばき) ― 春の季語。※寒椿・冬椿は冬の季語。
寒椿(かんつばき) ― 冬に咲く椿。
玉椿(たまつばき) ― 椿の美称。
落椿(おちつばき) ― 落ちた椿の花。

椿は基本的に「春の季語」ですが、冬に咲くものは「寒椿」「冬椿」として冬の季語になります。

40代の私が感じる、椿の景色

椿の散り方は、独特です。

花びらが一枚ずつ散るのではなく、花ごと、ぼとりと落ちる。

その潔さが、少し怖くもあり、美しくもある。

でも最近、この散り方が好きになりました。

中途半端に散らない。

咲くときは咲き、終わるときは終わる。

その潔さを、40代の私も持ちたいと思うのです。

一句、作ってみる

寒椿 凛と一輪 寒さ増す

寒さの中で咲く一輪の、まっすぐな美しさを。

落椿 まるごと終わる 潔さ

花ごと落ちる、椿らしい散り方を。

冬椿 赤が一点 白き庭

雪や霜の白の中の、鮮やかな赤を。

十二月の私時間 ― 一年を、一句に

十二月は、一年を振り返る月。

今年の花を、思い出してみてください。

春の桜、六月の紫陽花、秋のコスモス ―。

どの花が、いちばん心に残っていますか。

その花を、もう一度17文字にしてみる。

一年の終わりに、今年いちばんの一句を作る ― そんな時間もおすすめです。


まとめ ― 一年、花と俳句と過ごして

12ヶ月の花をめぐってきました。

水仙、梅、たんぽぽ、桜、藤、紫陽花、朝顔、ひまわり、コスモス、金木犀、山茶花、椿。

どの花が、あなたの心に残りましたか。

俳句を作ると、ものの見方が変わる

俳句を作るようになって、いちばん変わったのは、「見る目」でした。

同じ道を歩いていても、気づくものが増える。

「あ、咲いている」

「今日は少し散っている」

「香りが変わった」

それまで通り過ぎていた景色が、急に豊かになる。

俳句は、季節を感じる目を育ててくれます。

「うまく作る」必要は、やっぱりない

最後に、もう一度お伝えしたいことがあります。

うまく作らなくていい。

誰かに見せなくていい。

季語が合っているか、五七五が正確か ― そんなことも、二の次でいい。

大切なのは、「今日、この花を見て、こう感じた」という事実を、言葉にして残すこと。

それだけです。

自分だけの「花俳句手帖」を

もし続けてみたくなったら、小さなノートを一冊用意してみてください。

日付と、花の名前と、一句。

それだけでいいのです。

一年後に読み返したとき ― そこには、去年のあなたがいます。

「この日、こんなことを感じていたんだ」

俳句は、記憶を閉じ込めるタイムカプセル。

来年もまた、花を見つけに

花は、毎年咲きます。

でも、「今年の花」は、今年しかありません。

そして、その花を見ている「今年の私」も、今年だけ。

だからこそ、17文字に残しておく。

来年もまた、同じ花に会えたとき ―

去年より少しだけ深く、その花を感じられるはずです。

さあ、今日の帰り道。

一輪だけでいいので、花を探してみてください。

「あ、咲いている」

その気づきのひとつひとつが、あなたの花俳句の始まりです。

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